彼だけが持つ視点
過去の経験が、未来の彼に何を伝えたか。ボブ・グリーンバーグが語りました。

ボブ・グリーンバーグ。彼は、繋がりを感じるのが好きなのだそう。 彼のインターナショナルなイノベーション会社、R/GA。 ニューヨーク本社のガラス張りのオフィスに入ると、広いオープンスペースで仕事を続けるスタッフを背に、そっと静かに、スライド式のドアを閉めました。

自らを、「テクノロジー好き」と認める彼は、ニューヨークのクーパー・ヒューイット、スミソニアン・デザイン・ミュージアムで行われる「Selects」シリーズ、第16回エキシビションの、ゲスト・キュレーターとして招待されました。

この「Selects」シリーズは、デザイナー、アーティスト、建築家、有名人がゲストとしてキュレーションする人気企画です。グリーンバーグは、42のアイテムを使い、デザインとテクノロジーの発展が、人々の生活にどのような変化を与えたかを表現しました。

Bob Greenberg’s ‘Selects’ exhibition at the Cooper Hewitt, New York. Courtesy of R/GA

トレードマークの黒のベレー帽を被った彼は、椅子を引き寄せると、舞い落ちる雪が見える、大きな窓辺へと招きました。

スーパーマンがリリースされて40年。アイコニックなタイトルの長編映画の数々が、グリーンバーグの、革新的なモーショングラフィックの世界での、生涯に渡るキャリアを決定づけました。彼の幼少期が、どのように今の彼を形作っているかを聞くと、グリーンバーグは静かに笑みを浮かべました。

「私はシカゴ郊外出身のユダヤ人で、典型的な中流家庭で育ちました。特別何かを欲しがるような子ではありませんでした。」

「一方、失読症は私の人生に大きな影響を与えました。本当に苦労し、悩みました。両親は、私が普通授業についていくのは難しいと考え、特別クラスへと転入させました。いじめられることもあり、悔しく、辛い思いもしました。

失読症の症状は、人によって実に様々です。読むのが難しかったり、電卓無しでは足し算ができなかったり、場所がわからなかったり。他のことは問題無くこなせるのに、スピーチにだけ問題があったり。 実は、35歳になり精神分析医と出会うまで、自分が失読症と知らなかったのです。たまたま、彼の専門が失読症だったので、私の抱える問題の原因が分かったのです。失読症の割には、日常生活に上手く対応できていると褒められたのです。

失読症を、自分自身の努力で克服するのが、良いのか悪いのかは分かりません。近年では、広く認知され始め、特別な人々やコンピューターが助けてくれるようになりました。」

グリーンバーグは、自身の会社R/GAで働く多くのデザイナー、特に、ユーザー・エクスペスエンス部門で働くスタッフの多くが、軽度の失読症だと言います。失読症の彼らが、問題解決の方法としてパターンを認識することを得意としていることから、このスキルを、会社組織の戦力として生かしているのです。

70歳を迎え、過去に乗り越えた困難を振り返り、彼はこう締めくくりました。 「失読症。そでは、私にとって非常に有益なものだった。」

その言葉の通り、彼は失読症を理由に、前に進む事を諦めませんでした。R/GAは、現在世界中で、2000人以上の従業員がいる会社にまで成長したのです。

少年の彼に、J・D・サリンジャーの長編小説「ライ麦畑でつかまえて」が、彼に多大な影響を与えたと言います。

「ハリウッドで働き始めた時、この本の内容がよても役に立ったよ。本音と建前、ハッタリの多い業界だからね。それは、ハリウッド独自の文化のようでもあり、一般的にエンターテイメント業界全てに共通することかな。 俳優たちは、仕事をもらうのに必死だし、プロデューサーは、 映画を成功させること切望する。自分の成功の為に、インチキであることが平気な人が多いのも事実なんだ。一番分かりやすい例として、ドナルド・トランプのような。残念ながら、そんな人たちにも沢山出会ったよ。

とにかく、この本はとても興味深い内容で、何度も読み返しました。後に大ファンになった、ヘミングウェイとは違い、私が語彙の還元主義者としての人生を、どのように過ごしてきたか、一部共通するものもありました。 彼の文章を理解するのは、失読症の人にとって、とても簡単な事でした。何故なら、とても綺麗だからです。 これは、広告のコピーにも、さらにポスターやプロダクト・デザインにも共通して、必要な要素です。要するに、シンプル。誰にとっても、自然に人々に馴染むのです。」

失読症は、グリーンバーグのスタイルを、ニュートラルで控えめな文体に引き寄せたのかもしれません。 ニュートラルな文章は、読み手の想像力をかきたてるのです。

グリーンバーグは16歳の頃に、ディーター・ラムスのデザインした電化製品に興味を持ったと言います。 形、機能、色の使い方にすっかり魅了された彼は、愛着のあったブラウンのアイテムを思い出し、このように述べました。

「私は、初めて電化製品を美しいと感じ、集めることにしました。スイッチのデザインが好きだからって、子供がヘアドライヤーを買うなんて奇妙ですよね。でも私は、ブラウンの電化製品が、大好きだったのです。私の母は、少し変わった子と思ったでしょう。」

若い頃のボブは、建築家のミース・ファン・デル・ローエと、フィリップ・ジョンソンの大ファンでもあり、特にミッドセンチュリーのグラスハウスに憧れていました。

2018年、優れたデザインに対する彼の審美眼は、明確なものとなりました。彼自身の自宅、グラスハウスの建設に着手したのです。 日本人建築家の森俊子と共に、ニューヨーク北部の森林密集地帯の端にある、人里離れた場所に家を建てました。

「僕の家は、4つの小さな建物と、それを全てつなぐガレージで成り立っています。」 グリーンバーグは、建物のシステムについて語ります。 「メインの家は全てガラス張りの為、残念ながら、アート、写真、油絵などを飾ることはできません。」

直射日光の元でも大丈夫な、美しいオブジェを探していた彼が手に入れたのは、古い王朝時代のコレクションの一つである、中国の仏像でした。何千年もの間埋まっていたものが、掘り起こされると同時に、壮大な佇まいを見せる。時代を超越した作品であり、自然の力にも影響を受けることの無い強さがあります。

Bob’s upstate New York home by Toshiko Mori. Photograph by Paul Warchol

物理的なモノへの愛着と、シンプリシティのとのバランスは、実に難しく、悩ましいものです。 グリーンバーグは、「シンプルな暮らしぶりを実現する為に、自分の持ち物を隠す、倉庫を借りなければならないクライアントが多い。」と語った、ミニマリストなイギリス人建築家に会った際のことを思い出しました。

「ミニマリストになるのは、とても難しいことなんだ。」

「私たちの家はそれほど大きくありません。3つは1000平方フィート、もう一つは1200平方です。ですから、中に置く全てのモノついて、慎重に考えなければなりませんでした。

極めてミニマルに。且つ、私たちの家のような、建物同士が繋がっているような、隠し事ができ無いグラスハウスを建てるのは、想像よりも難しいことでした。何故なら、全てが見えてしまうからです。難しいからこそ、有り難みは増すのですが… 革新的な事を、限界まで完璧に仕上げることは、とても大変な作業です。でも、私にとって、新しい事に切り込んでいくのは、楽しいことの連続でhした。」

彼は、人々の印象に残るモノ作りには、リスクを伴うと理解しています。現にあるテクノロジーが、彼を制約するのではなく、過去の革新的な事についての知識が、新天地を切り開くのです。

「スーパーマンのタイトルは、人々が実験的になることを余儀なくされた良い例です。開発されなければならなかったテクノロジーは、キューブリックが、2001年宇宙の旅で使用していたものと同じでした。 しかし、私たちはそれを知らず、全て自分たちで手探りの状態からスタートしました。新しいフィルムストック、レンズ、コンピューターが、アニメーションのカメラや光プリンター用に発明されました。

当時、ロンドンで作業していた時のことを思い出します。兄のリチャードとスチュアート・ベルが、朝の5時頃に撮影を終えた時のこと。スチュアートが、コンコルドに乗り込み、アメリカまで戻ってきました。それだけ時間が無く、身を削る思いをしながら、革新的な事を成し遂げようとしていました。」

テクノロジーの進歩を受け入れること。それは、グリーンバーグが、クーパー・ヒューイットでのエキシビションでテーマにしたことでした。 古い世代が、テクノロジーの進歩を脅威を捉え困惑する中、彼は広い視点で考察しました。

「大きな理由は、上の世代の人々が仕事から離れ、自分自身の生活と関連性が無い新しいモノに、敵対心を持ってしまうから。とても残念なことです。

社会として、人々がテクノロジーに追いやられる前に、慣れる方法を見つけなければなりません。運転手の必要無い、全自動のトラックや車が登場するまで、それほど時間はかからないでしょう。誰しもが開発を止めたい、もうたくさんだ、と文句を言ったとしても、急激な時代の流れを止めることはできません。 私たちは、未だにロボットが生活に浸透することで、今後どのような変化がもたらされるのか、真剣に話し始めていません! タオルを折りたたむロボットが、日本から送り込まれています。人々は笑顔で受け止めていますが、それが誰かの職を奪う時、笑顔を保つことはできなくなるでしょう。

しかし、これらのテクノロジーの進化と生活への浸透は、電気を消したり、リモコン操作や、暖房をオンにすることさえ困難な、高齢者にとっては素晴らしいことでしょう。 これらの機能を持つシステムは、信じられないほど精巧で、割と安価です。これが未来のライフスタイルであり、私は大賛成なのです。

何百年もの間、その存在自体に意味のあるモノは、グリーンバーグが未来の生活をより良く理解できるようにしました。彼の産業デザイン、建築、彫刻に対する賞賛は、最新技術が、より人間的に感じられるデジタル世界を、いかにして作るかを伝えます。

クーパー・ヒューイットでの、グリーンバーグのセレクションは、4つのグループに分かれています。 1つはディーター・ラムスのグッド・デザインの10の原則です。ここでは、ラムスのデザインした、HLD 4 No. 4416 Hair Dryers (1970), ET55 Calculator (1980)、そして AB 21/s Alarm Clock (1978)など、彼の考える有益性、誠実さ、控えめさを含むグッド・デザインの10の原則を、最も体現している11のアイテムが選ばれています。

「Select」は、2月23日 ー 9月9日まで、ニューヨークのクーパー・ヒューイット・スミソニアン・デザイン・ミュージアムにて、Nancy and Edwin Marks コレクション・ギャラリーで開催されます。

実際に足を運べない人の為に、グリーンバーグが開発したアプリ(https://itunes.apple.com/gb/app/bob- greenberg-selects/id1289454580?mt=8)で、彼や他のデザイン専門家が、特別な意味を持つアイテムについて語る、オーディオツアーを体験できます。

太陽が沈む直前、その光がグリーンバーグの本社に当たると、私たちは不意に時計に目をやりました。 グリーンバーグは、彼のチームから呼ばれると、私たちと色々な話しができた事に笑顔で感謝し、R/GAオフィスの喧騒へ、まるで吸い込まれるように戻りました。彼だけの持つ特別な視点が必要とされる、どこかへと。