ドメスティック・ヒストリー
ジャイルズ・ラウンドが考える、私たちの暮らし

Words: Vitsœ

Photography: The Hepworth and Kasia Bobula

アーティストであり、キュレーターであり、境界を超えた創作活動で知られるジャイルズ・ラウンド。彼はその作品を通し、私たちの暮らしとは住んでいる空間だけでなく、そこにあるモノによって形作られていることを問いかけます。

今年は家具職人でありデザイナーでもあった、トーマス・チッペンデールの生誕から丁度300年。彼の故郷であるイギリス、ヨークシャーにあるヘップワース・ウェイクフィールド美術館では、それを記念してジャイルズ・ラウンドが企画した展覧会が開催中です。クラフトとインダストリアルデザインが何世紀にも渡っていかにして暮らしの中で共存してきたか。ラインドは一連のインスタレーションを通し、私たちに問いかけています。 18世紀に貴族の屋敷の内装をトータルでデザインしたことから「世界初のインテリアデザイナー」と称されるチッペンデールですが、彼の成功を揺るぎなくしたのは「ジェントルマンと家具職人のための目録(ザ・ディレクター)」というデザイン画が並ぶカタログでした。顧客はここからデザインを選び、家具などを注文するという方式を取ったのです。

Giles Round: The Directorという展覧会タイトルは、この目録から取られたものですが、企画に当たって美術館所蔵の文献をリサーチするなか、ラウンドは、1959年に現美術館の前身となるウェクフィールド市立ギャラリーで開催された「リビング・トゥデイ:モダン・インテリアの展覧会」の資料に出会います。 旧ギャラリーは普通の家を改築したものでしたが、当時のディレクター、ヘレン・キャップはこの展覧会の為、8人の建築家に、バラエティーに富んだ住空間のデザインを依頼しました。その詳細を商品価格を含めて綴ったものを出版しています。チッペンデールの18世紀のカタログを踏襲したような展示目録と商品カタログを合体したこの企画に、ラウンドは更なるインスピレーションを得たと言います。

Giles Round’s 1959 reference, ‘Living Today: An Exhibition of Modern Interiors’

部屋に区切らないオープンプラン・リビングは、キャップが企画した「リビング・トゥデイ 」が開催された1959年あたりから、少しづつ広がっていったスタイルといっていいでしょう。(ヴィツゥもこの年に創設されています)。今回の展覧会が開催されるヘップワース・ウェイクフィールド美術館は、デイビッド・チッパフィールドの設計で2011年にオープンしたものです。その美しいギャラリースペースにて、ラウンドは光と空間、それと暮らし易さの関係について考えを巡らせます。 現在では新築の家ではなく、古い家を今の暮らしに合わせて改築する方が、一般的になっています。

モダニスト的インテリアのデザイン哲学は、第一次大戦の残骸を前にして、より健康的な住環境への希求から生まれたのではないか、ラウンドはそう推論します。

「戦前には結核などの病気と隣り合わせでしたから、掃除がしやすい住居、そして一人でも動かせる、移動しやすい家具が必要とされました。害虫や埃や病気がはびこる余地のない、クリーンな家を理想としたわけです。そんな中からバウハウスやインターナショナル・スタイルが出現しますが、合わせてより実用的なものとして、菜食主義やエクササイズ空間、自然光を室内に取り組むなどの方向に進んでいったのだと思います。 当時は革命的、前衛的とされたライフスタイルですが、100年の時を経て、現在のテイストへと発展していったのではないでしょうか」。

ライフスタイルの変化に合わせ、家庭用機器も進化し、暮らし方に大きな影響をもたらしました。「戦後、テクノロジーは目覚ましい進歩を遂げ、初めて工場生産された製品が一般家庭に導入されます」。ラウンドは続けます。

「当時のデザイナーたちはそれまでの生活様式を顧みながら、未来を変えていこうとしました。どうしたら生活をもっと便利にできるか?そうすれば、限られた時間を、もっと仕事やレジャーに当てられるだろうと。そんなアイディアを発展させ、日々使われる製品を開発していったのです」。

「こうして開発されたものを初めて手にした時、一体どんな感じだったのだろう、と思うことがあります。奇跡だと思ったか、奇妙なものだと思ったか?全自動洗濯機を初めて見て、どう感じたのだろうと。今では慣れきってしまって、特に工業製品とも認識されていないものですが、その当時は革命的で、世の中を変えるモノだったのです」。

Slide projectors by Dieter Rams for Braun, at Vitsœ in Royal Leamington Spa

「古いものと新しいもののバランス、それもこの展示会で表現したいと思いました」。木製のキャビネットの中に隠さずに、そのまま見せてもいいような家電をデザインしたディーター・ラムスの長年の影響にも触れながら、ラウンドは言います。「機械生産も手仕事や工芸と共存できる関係にあります。高い技術で完璧に仕上げられたものならば、機械で作られたものも、とても美しいですから。 ブラウンの家電、ヴィツゥのモデュラー式家具のデザインで、ラムスは20世紀を代表する、世界に最も影響を与えた工業デザイナーだと言われます。コーヒーを入れる、髪を乾かす、を取り付けるなど、あらゆるところで彼がデザインした製品を使うことで、何気ない日常が特別なものになるでしょう。

私たちの多くは家電などを気にせず受け入れ、それを置くスペースを設けるためにインテリアをやりくりしてきました。ラウンドは自分の体験から、家電が登場した20世紀中頃、モダンなインテリアを取り入れることに抵抗を覚えた人は多かっただろうと推測します。ラウンド自身の父親のデスクにまつわるエピソードを披露してくれました。

「父が自宅のオフィスを別の部屋に移動したいとのことで、壁に作り付けるデスクについて相談を受けました。私がデザインすることもできるけど、既存で素晴らしいものがある、とヴィツゥの製品を紹介したんです。最初はひどく機嫌を損ね、どうしてこんな1960年代の役所にあるようなものを勧めるんだと言ってきました。ひとまず聞き流して壁の寸法を測り、ボックスファイルの数を数え、デスクが必要なことを含め、ヴィツゥのプランナーに伝えました。 父は戻ってきた2つのプランと見積もりを見て、「ふむ、悪くない。ビスポークならもっと高くつくだろうし」ってね!それから5年経ちますが、父はデスク付きのヴィツゥをとても気に入っています。毎日ここに座り、孫が来てここで宿題をしたり、パソコンを開いてスカイプしたりしています」。

折しも、会場ギャラリーでは展示品が並べられるヴィツゥのシェルビングの設置の真最中。それを監修しながらラウンドは言います。 「陶器、布製品、ナイフやフォーク、本、スーツケースなど、セレクトされたモノが隣り合わせ、見せる収納形式で展示することがポイントです。1959年の展覧会でヘレン・キャップがお決まりの展示を拒んだように、606 ユニバーサル・シェルビング・システム使いながら、周期的にレイアウトが変化する展示にしたかった。そこで毎月ゲストを招き、ここにあるアイテムを自由に動かし、独自の空間をクリエイトしてもらうことにしました。6ヶ月の会期中展示品は変わりませんが、毎月、全く異なる空間が展開されることになります」。

「20年前に比べるとミニマリズムの人気が下降していることも、今回の展示に反映されているでしょう。 ”キューレートされた”という表現には抵抗がありますが、さまざまな時代のものをミックスするスタイルが、このところ「今っぽい」というわけです。ヴィクトリア時代思わせるダークカラーの床も流行の兆しで、それを明るい色調の家具や真っ白な壁と合わせるといった感じです。 父によれば、1940年代はほぼ全てがブラウンだったとのこと。ダークでくすんだ色調のインテリアに、照明も薄暗かったと。父は長らく1930年代に建てられた家に暮らしていますが、間取りは当時のままです。壁を取り払って改装してはどうかと何度か提案していますが、部屋の仕切りをなくすことに抵抗があるようです。ダイニングルームは、おそらく年に2回ぐらいしか使わないと思いますが」。

Giles Round at home in London

トレンドやテクノロジーは常に更新されていますが、シンプルで時代に左右されないデザインは、いつの時代も家のインテリアの基本になります。戦後期のデザイナーや建築家が作り出したし暮らしのシステムは、今も色褪せていないのです。光、可動性、耐久性を重視する彼らのヴィジョンは、今日の私たちの暮らしを形作ってきました。 テクノロジーの進化で物事がバーチャル化するなか、具体的なものとの触れ合いの必要性や、暮らしや環境を改善するものに投資する重要性を、更に多くの人が感じていくことでしょう。